夜明けにララバイ
秋葉 信雄
彼は楽器を背負い町を歩いた。
一本も弦が張ってないギター。
「お客さん。可愛い子がいますよ」
ポン引きが、すりよる。
「どうですか、遊んでいきませんか」
首を振って、断わった。男が離れていく。
公園の暗がりから、女が現れた。
長い髪を後ろに束ねている。
「もう帰るの、夜は長いわよ」
「金は持ってない。ほかに当たりな」
「誤解しないで。私はそういう女じゃないわ」
女は静かに言った。
杉の大木の後ろから、キーボードを引っ張
り出した。
「あなたのギターとお手合わせをしたいだけ
なの」
「なんだそれを早く言えば」彼は背中からギ
ターをおろした。
女は鍵盤のないキーボードで、スローな曲
を弾き始めた。
なくしたこどもの 年さえ忘れ
ひとりさまよう 還れない街
神様の涙が 空の果てから
地上に降りて 私を洗う
雨 雨 雨 そして 雨
彼は、見えない弦を張替え、キーボードに
音を含わせて弾き始めた。
背中の子が 腐り始める
いつになっても 赤ん坊のまま
俺の心の 闇を食べてる
God's Rain God's Rain
No more Pain No more Pain
彼は昔の女房のキーボード弾きを、抱き寄
せた。やがて雨はやんで、空は明るくなり始
めた。彼は空っぽのギターケースの中で、小
さな腐った幼児になっていた。
〔発表:平成一五年(二〇〇三)七月東京座会/初出:「短説」二〇〇三年一〇月号/再録:「短説」二〇〇四年五月号〈年鑑特集号〉*二〇〇三年の代表作選出作品/初刊・秋葉信雄短説集『DEAD
DECEMBER(死んだ師走)』二〇〇六年九月/upload・2006.11.21〕
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