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Ashihara Shuji


短説への招待

芦原 修二


 400字詰原稿用紙2枚の散文作品 ― これが『短説』の定義です。この2枚の中には、題名と作者名を書くスペース4行分も含まれていますから、実質上の本文の長さは、20字詰で36行になります。この範囲で小説を書こうという試みです。
 つまり『短説』は「極端に短い短篇小説」といってよいでしょう。しかし、一般的な概念からいえば、これを小説とするには、あまりにも短かすぎてなじみません。それゆえ私達は、これに『短説』という名を与えました。
 この分野に近いものに、「ショートショート」がありますが、それよりも『短説』はいっそう短く、かつ内容的にも、ショートショートの概念とは異質の性格を持つ文学です。
 『短説』の散文芸術における位置は、韻文芸術における『俳句』のようなものだとご理解いただければ、そののぞまれている姿が、鮮明に見えるように思われます。
 実際上も『短説』は俳句から多くのものを学びました。たとえば『短説』を発表する一つの場であり、また合評の場でもある「座会」は、俳句会に範をとったものです。異なるのは、俳句会における清記作業に対し、短説座会ではパソコン(ワープロ)やコピーを用いていることです。
 『短説』は、昭和60年(1985)に生れた、まったく新しいものですが、その本質は日本の伝統文学につらなっています。たとえばその原形は、古典なら『今昔物語』や『伊勢物語』。近、現代文学なら柳田國男の『遠野物語』や、稲垣足穂の『一千一秒物語』といった作品に見出すことができます。つまり『短説』は、いたずらに新奇をねらって始められた文芸ではなく、伝統を引き継ぎ、発展したものなのです。
 原稿用紙2枚というきわめて限られた長さ。日本文学の伝統を自ら背負いこんだ形式 ― いいかえれば、『短説』は、もっとも自由であることを謳歌してきた「小説」という散文芸術に、手かせ、足かせをはめた文学として出発しました。しかし、それゆえにこそ、この『短説』には大きなエネルーギーが集約でき、人間を、宇宙を包み込んで、無限に深く、重くなり得るのだとも予感されます。
 この予感に共感していただけるか否か。それは、『短説』をつくり、あるいは読まれて、そこに何を見いだせるかにかかっているように思われます。

*以上は昭和62年度年鑑短説集『旅のはじまり』所収の「あとがき」を修正、加筆したものです。

 平成13年(2001)には、短説発足15周年を記念する全国大会を開催しました。
 この15年間に得たものはいろいろありますが、何よりも特記したいのは、小説のシステムを「私とは何か、私をとりまく世界とは何かを認識する方法」と考え、これを一部専門家の独占から「だれものもの」に奪還したことでしょう。
 この機会にあなたもこの新しい文学創造にご参加ください。




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